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アメリカ・イラン 対立の理由【なぜ関係が悪いのか】

アメリカとイランはなぜ対立しているのか

 

トランプ大統領はTwitterでイランに警告するなど、
地政学的緊張が高まっているアメリカとイランですが、
なぜここまで対立が高まっているのでしょうか?

理由は半世紀ほど昔に遡りますが、
その理由をわかりやすく解説していきます。

 

 

アメリカ・イラン 対立の経緯

 

まずはざっくり対立の経緯

 

 

まずはものすごいざっくりと対立の経緯を上で流れを整理しました。

まず前提としてアメリカとイランは現在も国交断絶状態にあります。

アメリカとイランが国交断絶するまでの流れを、
下で順を追って詳しく解説していきます。

ちなみにパフラヴィ朝とはイランの革命で崩壊することとなったイランの王朝のことを言います。

 

イラン革命まで

 

脱イスラム化と白色革命

 

今から半世紀ほど昔、パフラヴィ朝とアメリカは親交が深く、
アメリカの援助を得て
パフラヴィ朝は脱イスラム化と近代化を推し進めていました。

さらに1963年、パフラヴィ朝は「白色革命」を推し進め、
近代化の流れを加速させていきました。

 

白色革命とは、パフラヴィ朝によって行われた、
イランの近代化、西欧化を推し進めた政策。

 

白色革命はパフラヴィ朝によって強引によって進められた政策で、
国内の実情が計算されないまま進められ、
インフラなどが急速に発達したため、国民の中で貧富の差が拡大した政策と言われています。

「白色革命」や「脱イスラム化」によりパフラヴィ朝は貧困層や宗教信仰者より反発を招くこととなります。

 

国内でのデモが活発化

 

パフラヴィ朝によって強引に政策が推し進められていたある時、
パフラヴィ朝によって政権を追い出されフランスに亡命していた法学者を中傷した記事により、
イラン国内でパフラヴィ朝に対するデモが発生しました。

このデモを制圧するため軍隊を用いて対抗したパフラヴィ朝ですが、
軍隊がデモ隊へ発砲した事件をきっかけにより一層デモが活発化することとなり、
この頃には公然とイスラム国家の独立が叫ばれるようになりました。

 

パフラヴィ朝の崩壊

 

このデモを抑えることができなかったパフラヴィ2世は、
休暇と称してボーイング727を自ら操縦し国外へ亡命することとなります。

同年、イランは国民投票によりイスラム国家樹立を宣言し、
ここまでの一連の流れがイラン革命とされています。

 

 

 

 

イラン革命後にアメリカとイランは国交断絶へ

 

パフラヴィ朝と親交が深かったアメリカは、
そのパフラヴィ朝で革命を起こしたイランを敵視するようになります。

そんなイランもアメリカの動きとともに、
アメリカを敵視するようになっていくのです。

 

パフラヴィ2世がアメリカへ亡命

 

イラン革命後、パフラヴィ元皇帝は家族や側近とエジプトやメキシコを転々としていましたが、
”がんの治療”を名目にアメリカへの事実上の亡命をアメリカ政府へ申し入れました。

アメリカがこれを承諾し、
パフラヴィ元皇帝はニューヨークへと足を踏み入れることとなります。

このパフラヴィ元皇帝の亡命がアメリカとイランの関係悪化の大きな要因の一部となります。

 

イランアメリカ大使館人質事件

 

パフラヴィ元皇帝の亡命を受け入れたアメリカに対し、
イランの革命政権は激怒し身柄の引き渡しを要求します。

アメリカがこれに応じることはなく、
イランのアメリカ大使館の前でデモが行われるようになりました。

デモの参加者は日に日に増え続け、
ついには大使館の敷地に学生が侵入し占拠したのです。

学生たちは大使館内に居た52人を人質にとり、
アメリカ政府へパフラヴィ元皇帝の身柄引き渡しを要求し続けました。

 

国交断絶へ

 

アメリカ政府はパフラヴィ元皇帝の身柄引き渡しに応じることはなく、
アメリカからパナマへパフラヴィ元皇帝の身柄を送ることで事件の解決を目論みましたが失敗に終わり、
人質の救出作戦についても数多くが失敗に終わっています。

 

イランアメリカ大使館人質事件はパフラヴィ元皇帝の死亡により、
占拠する理由がなくなったことで解決に向かいました。

この事件についてイランからアメリカへの謝罪はいまだに行われておらず、
事件終息後間もなくしてアメリカはイランとの国交断絶を宣言しました。

 

 

 

 

現在のアメリカとイラン

 

アメリカによるイラン経済制裁の理由

 

国交断絶から40年近くが経過した今でも、
アメリカとイランの国交は断絶されたままです。

アメリカは現在、イランに核開発の疑惑をかけて経済制裁を発動し、
イランを孤立化させるよう政策を進めています。

この疑惑はイランが首都テヘランにある原子炉の稼動のため「20%高濃縮ウランの製造を行なっている」ことに起因しています。

従来の原子炉では低濃縮のウランで十分事足りるため、
アメリカはこれが核開発を目論んでいるものという疑いをかけているのです。

ただ核には90%以上の高濃縮ウランが必要とされているため、
イランの核開発を巡っての真偽は意見が分かれるところでもあります。

 

 

まとめ

 

アメリカとイランの関係が悪い背景には過去の事件があり、
今もなお国交断絶していることが要因となっています。

 

現在においてイランが核開発をしているとの疑惑でアメリカは経済制裁を発動していますが、
核開発の決定的な証拠は表には出ておらず、
またイランも核開発の疑惑に対しては否定しています。

どのような思惑でアメリカがイランに核開発の疑惑をかけているかは分かりませんが、
過去の事件での関係悪化に伴う政治的な思惑が関係している可能性もあると考えられているのです。